一日一平の最近のブログ記事

東京と福岡

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 東京(都心)と福岡では電車および駅にいる人たちの様子がだいぶ違う。まず何と言っても東京人の歩く速さ。どうしてみんながみんな、あんなに速く歩けるのだろう。そしてみんなきちんと避けるからぶつからない。ある意味奇跡に近い。それに比べて福岡は朝のごく一部のラッシュを除いてみんなのんびーりしてる。マナーはと言うと、断然東京の方が良い。福岡はめったに2列に並ばないし、まだ降りている人がいるのに強引に乗りこもうとする人が多い。携帯電話で通話している人もしょっちゅう目にする。エスカレーターも一応右空けになっているようだが、全然徹底してない。

 こう書くと東京の方が良さそうに感じるだろうが、社会としてどちらが上質かというと福岡なのではないだろうか。テキトー許容度が高いわけだから余裕があるというか、懐が深いというか。東京は単に人が多すぎてシステム化せざるを得ないだけなんだろうけど、テキトーが許される程度の都市化に留まるってのは重要だと思う。

TSUNAMI

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 母国である先進国に飛行機で逃げ帰った人々が空港でテレビのインタビューを受けている。彼らはそれなりのお金を払って非日常の世界へ遊びに行って、たまたま運が悪くて津波にあったけど、すでに安全は確保され日常に戻っている。現地の人々は彼らの後かたづけをし、自分の生活を立て直し、安全対策を行い観光地を復興させ、もう一度アピールをして観光客を呼び戻し、そしてまた観光客の相手をし続けて、彼らの日常を生きていかなければならない。

 都市でも観光地でもない場所には報道されることも援助を受けとることもない多くの人々がいて、彼らなりにTSUNAMIと向き合ってこれからも生きていくのだろう。そのことを書き表す術は僕にはない。

 「モルディブの首都を日本の防波壁を守った」なんてこともあったりして、そういうふうに地球は回っているらしい。

 最近話題のあの人が「世の中にカネで買えないものなんて、あるわけないじゃないですか」と言った。きっと「あぁこの人はカネがすべてだと思ってる、アホだな」とか「あの人が言うならやっぱりそうなんだろうな、うらやましいな」と感じることだろう。でもそれは的はずれだ。この人は単に「カネで買えないものはない」と言ったのだ。そりゃカネを使わないでは何一つ買うことはできないわけだから、これは当たり前も当たり前のことなのだ(喧嘩は例外ね)。それでもあの人はそう言った。「アホだな」とか「うらやましいな」と誤解されることを分かっていて。

 おそらくあの人は誰よりも「カネで手に入れられないものがある」ことを理解している。だって捨てるほどカネを持っているのだから。残念ながらカネを持っていない人は、カネで手に入れられないものがあることを頭では分かっても本当に理解することはできない。カネを積んでも積んでも自分のものにならない何かがあるということを体験した人は、「カネですべてが手に入れられたらどれだけ良いだろう」などという甘い幻想すら抱かなくなる。カネで手に入れられないものはあるが、カネで買えるものを買うためにカネを稼ぐ。ただそれだけのシンプルな話、それを逆説的に伝えたかったのではないだろうか。と解釈できなくもなかったりしないか。。。

 最近卵の価格が上昇してニュースになっている。中にはいわゆる特殊卵より一般の卵が高くなってしまう逆転現象も見られるらしい。

 そんな中、買い求めたのが自然卵『つまんでご卵』。文字通り黄身が指でつまめてしまう卵らしい。10個500円(最近の相場でも一般の2~3倍!)で購入し、ひろっきいのミルキークイーンにこのつまんでご卵をかけるという超豪華なたまごごはんにチャレンジしてみた。まずは黄身がホントにつかめるのかチェック。どきどきしながら指先で黄身をつかんでみると、生なのに少し加熱した後みたいな弾力を感じる。そーっと上げてみると、もちろんへこみはするが破れるような気配はなくきちんと持ち上がるではないか!

 今度はその黄身を自ら箸でつぶしよく混ぜご飯にかける。つまめるだけあってなかなかとけないぞ、この黄身は。味はと言うと、今までのたまごごはんとはべつものですね、これは。そりゃもちろんうまいですよ。でも学生時代にとにかく腹が減って冷凍ご飯をチンして卵をぶちかけ醤油をかけすぎたが気にせずにまぜまぜして5秒でかき込んだあのたまごごはんも捨てがたいわけです。

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 ニュースを見ていた。「ソフトバンクによるホークスの買収額は総額250億円になります」と孫正義社長の顔をバックにアナウンサーがニュースを読み上げたあと、一時はこの国の内閣総理大臣であった人が1億円でその責任を問われ無様な姿をさらけ出した。濡れ衣だという人や名前が出ててもまったくテレビに姿を表さない人や何十年も同じセリフで批判する人がいて、僕らにはなにがなんだか分からない世界だが、1億円でこんな面を世間にさらされなければならない日本の政治家ってなんなのでしょうか。どうせなら・・・。

 そして1億も250億も80兆も1400兆もこれまたよく分からないという意味では全部一緒になってしまう恐ろしさ。

「安西先生、バスケがしたいです」

名作スラムダンクの名言である。このセリフに感動する人が多い(参照)理由の一つが、現代の日本にはスポーツをしたくてもできない人が多いということだ(と思う)。社会が成熟してみんながわがままになったとも言えるのかも知れないが、したいことしなくてどうするとより多くの人が感じ始めている気がする。

IBLJ

石毛さんが野球の独立リーグを四国に作ろうとしている。バスケでも野球でもただ好きで仕事後にクラブチームでプレイしている日本人は意外と多いだろう。また若い頃は大きな夢を持っていたが、諦めてスポーツから離れている人も多いだろう。プロ野球の再編問題でも焦点のひとつになったが、スポーツの"場"が縮小されることはできるかぎり避けなければならない。文化とはそういうものだ。僕も含め確立されたピラミット構造に慣れている日本人にはイメージしがたいかもしれないが、このような独立リーグができて、スポーツ界に厚みが生まれるのはとても価値があることだと思う。

bjリーグ

一方のバスケットボール界はまだまだ混乱期で確立すらされていない。田臥は例外中の例外で、バスケットボールで金を稼ぐことができる人間は非常に限られている。それでも革命前夜の様相を呈していて非常に面白い。男子女子共に小中高大ときちんとした組織があって経験者は多いわけだから、一度流れができると面白いと思う。最後に友人が参加しているバスケチームの紹介。

[日本初のストリートボーラー集団]Far East Ballers

寄付控除

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祖父の資産管理をしていて気になったのでNPOへの寄付に対し控除があるかどうか調べてみた。

認定NPO法人制度

NPO法人の中でも特別に認定されたところでないとダメとのこと。寄附を控除するってことは、税金を払うことと等しいほどの公益性が認められると言うこと。ということで公益ってなんじゃらほいって議論になるわけです。

ガ島通信:もし日本が4人家族だったら

もう国全体がこんな状況なわけだから。小さく独立したいと考えてみたりして。解決にはならないけど、全面的に責任追い込む義理もない。日本国政府と日本は別物だから。

ズッコケ三人組が来年2月の50巻で完結するらしい。親に見つからないように布団に隠れて読んだ記憶がある思い出の本だ。記憶は曖昧だが、弁当を仕入れて釣場に売りに行って利ざやを稼ぐというストーリーがあって、それがきっかけで商売について考えるようになったと思う。

「ズッコケ三人組」50巻で完…時代とらえ子供つかむ

夢で会えたら

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夢を見た。喫茶店のような場所で女の人とお茶をしているらしい。隣の空いている席に向かって人が歩いてくる。顔を上げその人を見ると、なんと村上春樹その人だった。とまあその後はどうでもよい妄想が続くわけだが、最近の村上春樹ニュースを2本。

中国で村上春樹が爆発的人気、経済成長が背景

「はぐれ旅」の薦め 村上春樹氏都内でトークショー

以前ドイツでよく読まれているという記事を見た記憶があるが、経済発展めざましい中国でも大人気らしい。都市、近代、孤独、寂寥感、個人など好まれる理由となるキーワードがあげられているが、より普遍的な文章への真摯な態度があることがエッセイを読むと伝わってくると思う。

被災者を支える、地元ケーブルテレビの死闘 (後編) (4/4)

パソコン評論家小寺信良さんのボランティア記。この後編(4/4)はかなりお気に入りの文章です。押しつけがましくなくかつ自分の考えを書いてそして力がある。

中村哲さん

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たまたま番組表を見たおかげで観ることができた。
NHK ETV特集
戦乱と干ばつの大地から
~医師 中村哲 アフガニスタンの20年~

ペシャワール会

一言、かっこいいです。
「日本人の男として・・・」と言っていた。

その言葉が自然にでてくるまで。

スポーツ三昧

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Jリーグオールスター
 ○三浦淳宏

■ウィンブルドン女子シングルス決勝
 ○シャラポワ
 テニス!今までやる機会がなかっただけでなく、いわゆるテニサー(大学のテニスサークル)のあのイヤな雰囲気によってさらに遠ざけられていたスポーツだが、宮本輝の『青が散る』や村上龍の『テニスボーイの憂鬱』のおかげで気になってはいた、正直。今日人生で初めて一試合全部見て、ルールがやっと分かった、気がする。見ようと思ったのはシャラポワのせい!あの、人間の美的要素を純粋に還元したような(意味不明)な姿はなんなのか。試合が終わって、式典を待てずにケータイで電話しようとしたのにはびっくり。強ければ、勝てば、若ければ、かわいければ、いいのだろうか?複雑。テニスは・・・機会があったらやってみたい。

■MLBサブウェイシリーズW松井
 相変わらずアメリカ礼賛の雰囲気が漂う中継。もちろんその中でがんばる日本人を褒め称えるのだが、その褒め方がどうも気にくわない。どこまでいってもアメリカの傘の下からは逃れられないのか?意地を張ることも、無視することもできない。それが近代日本の宿命なんだろうね。本の受け売り。

 ビジネスの世界でバリバリ働いている人は日常茶飯事なのかも知れないが、一般人にとってはスポーツが日本と世界を考えるのに一番身近な場だと思う。僕は常に考えてしまう。観客の姿勢や運営の方法、報道やもちろん選手のコメントの違いまで。意識しないこと(しなくなること)が良いことかも知れないが、僕は常に考えてしまうのが自分だと諦めている。

ものを書くことで誰かを傷つけたり、迷惑をかけるかも知れない。
もしくは人を殺すことになるかも知れない。
そのぐらいでなければ意味がない。
ものを書くということに関してよく言われることだ。


僕はこのblogで文章を不特定多数の人に読まれるように公開している。
こういう行為に今でもかなりの抵抗感と無力感があるが以前ほどはない。
すぐに分かってもらえると思うが
もともと明確な目的や情熱がなかったからだろう。
物事に無頓着になっただけかも知れないのだが。
キーボードをタイプするだけで済んでしまうからというのは大きいと思う。
不特定多数だからこそ書けるというのもあるだろう。
結局無責任にものを書いているからなのだ。

きちんとした文章が書けないのはかなりのバカだと思いながらも
こういう事を続けている限り変わらないんだろうなぁ。

とは言え、文字を常に選択し続けるという作業を強いられ
自分の名の下にその結果が晒されるわけで
内容がどうであっても何かのためにはなる。
ものを書くということはそういうことでもあると
期待を含めてそう思っている。

プレゼン

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何かするとなると必ず他人に伝えなければならない。
大人になり社会が広がるとそれを痛いほど思い知らされる。

考えてみると
決算書でも法律でも芸術作品でも料理でもスポーツでも
全部誰かが何かを伝えようとした
プレゼンテーションの一つなのだ。

そしてそれが受け入れられるかどうかは
単にその説得性にかかっている。

相手に納得してもらってなんらかのアクションを期待すること。
これが全ての行動の目的であって
それをまったく望まなければひきこもりだ。

その説得性ということに関して考えてみると
頭ですっきり論理的に説得できるもの
だれもがまあこんなもんかと妥協の上で納得できるもの
論理や理性を超えて訴えてくるものに自然に納得しているもの
様々ある。

僕はこのプレゼンテーションが苦手だ。
なんでだろうか?
理由はいくらでも挙げることができる。
例えば
拒否、否定されるかも知れない恐怖感
人に押しつけることになるという遠慮の気持ち
選択肢の一つになってしまう嫌悪感
正確に自分の考えを伝える事なんてできないという絶望感

とはいえ避けては通れないプレゼンテーション。
押しつけがましくないように、そして図々しく
かつ恐怖感と絶望感を持ちながら
プレゼンしていくしかないんだろう。
これはきっと一人ひとりの生き方そのものだ。

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